遺言能力について|遺言が有効となるための判断基準とは

相続をめぐるトラブルの中でも、「遺言が有効かどうか」という問題は非常に多く見られます。特に、遺言者が高齢であったり、認知症を患っていた場合には、遺言の有効性が争われることがあります。
実際、厚生労働省の統計によれば、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症を患うと推計されており、今後ますます遺言能力をめぐる紛争は増加していくと考えられます。
本記事では、遺言能力の基本的な考え方と、裁判例に基づく判断のポイントを、法律実務の観点から解説します。
1 そもそも遺言能力とは?
民法963条は、「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と定めています。しかし、「能力」とは具体的に何を指すのかは明文で定義されていません。
一般的に、ここでいう「能力」すなわち遺言能力とは、意思能力とされています。
意思能力とは、自分の行為の意味や結果を理解して判断できる精神的能力のことです。
したがって、遺言能力とは、遺言の内容とその結果を理解・判断できる能力を意味します。
たとえば、遺言により誰に財産が渡るか、その結果としてどのような影響が生じるかを理解できる状態であれば、遺言能力があると判断されます。
2 遺言能力の判断に用いられる主な要素
遺言能力の有無は、遺言者本人の状態や遺言内容、作成時の状況などを総合的に見て判断されます。
裁判例では、次のような観点が考慮されています。
① 遺言者本人に関する要素
- 遺言作成時の判断力の程度
- 年齢や健康状態、特に認知症の有無・進行度
- 遺言書作成前後の言動や生活状況
- 医療記録、介護記録、主治医の意見書など
たとえば、医師の診断記録や家族の発言から、遺言作成時に日常生活を自立して送っていたことが確認できれば、遺言能力を肯定する方向に働きます。
② 遺言書自体に関する要素
遺言書の内容が理解可能なものであるか、また内容が合理的で自然なものかどうかも判断材料になります。
(1)内容の難易度
- 遺言内容が単純で理解しやすいか
- 財産の種類・分配方法などが複雑すぎないか
単純に「全財産を長男に相続させる」といった内容であれば、単純で理解しやすいものと評価されます。
(2)遺言内容の合理性・自然さ
- 遺言者と遺言によって利益・不利益を受ける者との関係性
- 遺言の動機や背景事情
- 遺言者の日常生活・交流関係
たとえば、介護を担っていた子に財産を多く相続させる内容であれば自然な動機といえます。逆に、突然疎遠な人物に全財産を遺す場合などは、不自然と評価され、遺言能力を疑う契機となることもあります。
3 裁判例からみる遺言能力判断の傾向
⑴ 東京地裁平成26年5月27日判決
認知症の進行が軽度で、内容が単純な遺言について「遺言能力あり」と判断されました。
また、介護をしていた人物に財産を遺す旨の内容も合理的とされました。
⑵ 東京地裁平成28年12月7日判決
補助開始後に作成された公正証書遺言でも、当時の病状や財産把握能力が維持されていたこと等から遺言は有効(遺言能力あり)と判断されました。
⑶ 東京地裁平成30年12月26日判決
遺言者に軽度の認知機能低下が見られたが、財産管理状況は自身で適切に行っていたこと、遺言内容が親しくしていた者へ「全財産を相続させる」ものであり合理的かつ自然な内容であること等から遺言能力ありと判断されました。
これらの裁判例から、裁判所は単に「認知症だった」、「認知機能に問題があった」というだけで遺言を無効とするのではなく、遺言作成時点でどの程度理解・判断ができていたかを丁寧に検討していることが分かります。
4 遺言無効を防ぐための実務的ポイント
遺言能力を疑われないようにするためには、以下のような対策が重要となります。
- 遺言作成時に、認知機能に関する医師の診断書を取得しておく
- 公証人による公正証書遺言を選択する
- 作成過程を録音・録画するなど、意思確認の記録を残す
- 弁護士などの専門家に相談し、遺言書の作成から死亡後の手続を透明化しておく
これらの措置は、将来の紛争を防ぐ有効な手段となります。
5 まとめ
遺言能力とは、「遺言内容とその結果を理解し判断できる力」を指し、その判断には遺言者の状態・遺言内容・作成経緯などを総合的に評価します。
特に高齢者や認知症の方の遺言では、作成時の意思能力が争点になりやすいため、記録と証拠の確保が極めて重要です。
遺言書を作成したい方、または「遺言が無効ではないか」と疑問を抱いている方は、早めに弁護士へご相談ください。
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